≪自分が主役≫になっていませんか?

本コラムは、2012年〜2015年まで月刊「FInancial Adviser」(近代セールス社)にて、藤島幸恵が「佐藤かなめ」のペンネームで掲載していたものを11話のみ期間限定特別掲載中!下記コラムを一部収載し、バージョンアップさせた書籍を製作中です。 こうご期待!

2012年5月寄稿分

最近、テレビから「こんなに日本語ペラペラなのに~!なんで、国語を勉強しなきゃいけないの?」というセリフが聞こえてきました。某学習塾のCMでした。このセリフの「国語」という部分を、「話すこと」に差し替えても全く同じことが言えます。本連載でもこれまで掘り下げてきたように、話すことほど難しいことはないのです。特に、ビジネスにおいては……。ところで、前回までの連載では「相手が主役」というキーワードを繰り返し強調してきましたが、今回は、それについて≪営業用の自己プロフィール表≫を例に考えてみましょう。

ふだんは窓口業務をしていて、こうしたプロフィールを使わない方もいらっしゃると思いますが、営業のコミュニケーションに必要な考えた方を学ぶために、ぜひおつきあいください。

プロフィールは何のために使う?

さて、私は、外回り営業なので、お客さまにお見せする≪プロフィール表≫を使っています。そこに書いてある中身は、例えば、次の通りです。

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・佐藤かなめ(19◎◎年◎月◎日生まれ)
・趣味や好きな事柄
・生まれてからこれまでの簡単な年表
・一言PR
・写真
・コメント欄
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私の場合、この≪プロフィール表≫のおかげで、お客さまとすぐに仲良くなれることが多いのですが、ここで問題です。

Q,営業マン(私)が、こうした≪プロフィール表≫を使う理由は、どこにあると思いますか? 次の4つの選択肢の中から選んでください。

1,自分をアピールするため
2,自分を深く知ってもらうため
3,相手に安心してもらうため
4,相手のことをよく知るため

ちなみに、この雑誌の読者でもある営業マンのAさんは、自信を持って「2」と言いました。う~ん、一見悪くない答えですが、Aさんは、「相手が主役」という理屈をまだわかっていないようです。

解説しましょう。まず、この回答は大きく2つのグループに分かれます。
・1と2のグループ
・3と4のグループ
の2つです。

私としては、少なくとも3と4のどちらかを選んでほしいところです。なぜなら、1,2のグループは、自分本位で、自分が主役、おしつけになっているのに対して、3,4のグループは、相手が主役で、相手を知ろうとしているからです。
そして、問題の正解は「4」でした。

Aさんにそれを伝えると驚いて、頭の上に「?」が浮かんでいるのがわかりました。無理もありません。≪プロフィール表≫自体は、自己PRそのものなのですから!では、なぜ自分の≪プロフィール表≫を出すことが相手を知ることになるのでしょうか?解説をする前に、ヒントになるエピソードをご紹介しましょう。

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先日、プライベートでこんなことがありました。
友人に紹介されて初めてお会いしたBさん(男性)という方がいます。Bさんは人見知りの強い方で、営業職の私でもなかなか打ち解けられません。彼が共通の友人ばかり見て話すので、一緒にテーブルを囲んでいる私は、少し残念な気持ちでした。ところが、私が何の気なしに≪プロフィール表≫を見せたところから、その場の空気が一転したのです。じーっと趣味の欄を見ていたBさんが、「佐藤さんは、○○お好きなんですか?」と、身を乗り出すように聞いてきたのでした。

 私もうれしくなって、「そうなんですよ~。実はですね……!」と、そこからは友人そっちのけでその話題でひとしきり盛り上がり、最後には「こんなことは普段は話したことがないよ」という貴重な話まで聞かせていただくことができました。それは歴史好きの人でも、わかる人しかわからない、かなりニッチな話題だったので、余計に盛り上がったわけです。
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人間は、相手との共通点を見つけると、とても親近感を持ちます。偶然、初対面の相手と生まれ故郷や母校や趣味が一緒だっただけで、〝いい人〟や〝優秀な人〟に見えてしまうことは、皆さんもご経験されているでしょう。また、急速に仲良くなるときというのは、前述のエピソードのように、ものすごく狭いところの共通点を見つけたときだったりするのです。

だから、初対面の人と仲良くなるには、会話を始めてからできるだけ早く共通点を見つけることができるかが重要なのですが、かといって、会って早々に相手の個人情報を根掘り葉掘り尋ねるのは、任意取調べみたいで、逆に、相手に不信感を与えてしまいます。人間の心理として、誰かの紹介で会ったとしても、知らない相手のことは多かれ少なかれ警戒しているからです。

それならば……、と自分のことをどんどん話して安心してもらいつつ、お互いの共通点を見つけようと思っても、その話題がヒットする確率は低いですし、あったとしても見つけ出すまでに時間がかかりすぎます。

しかも、自分のことばかりペラペラ話し始めてアピールくる営業マンには、誰も好感を持ちません。……なかなか難しいですね。
そこで、営業マンにとって悩ましいこれらの問題を解決してくれるのが、≪プロフィール表≫なのです。つまり、相手に共通点を探してもらうためにプロフィール表を見せるわけです。

ちなみに、先ほど自信を持って「2」と答えたAさんのプロフィールを見せてもらったことがありますが、そこには、これでもかというくらいにご自分の栄光の歴史が書いてあり、すっかり辟易してしまいました。例えば、大学の志望動機、大学時代の一人旅で学んだ人生訓、さらには、現職である営業職での数々の勲章、社内表彰に至るまで……延々と書き綴られていたのです。

ハッキリ言いますが、私がお客さまの立場なら、まだ特別親しくもない人のそんな自慢話は、何の興味もありません。もちろん、Aさんのような≪栄光の自分史≫を使って成功しているトップセールスもたくさんいらっしゃいますが、なぜ彼らが成功するかというと、同じものを使っても「自分を知ってもらいたい」と思って使うのではなく、「相手を知りたい」という意識で使っているからです。
つまり、こういうことです。

○ 自分を知ってもらいたい  
× 相手を知りたい  

違うのは、〝自分の意識〟の問題なのです。

と、ここまで、えらそうに書いてきた私ですが、最初からわかっていたわけではありません。初めの頃は、正に自分をアピールするために使っていました。前述の4択問題でいえば、まさに1でした。ただ、私は〝キャラが立つ〟タイプですから、直接会ってプロフィール表を使う分には、目だった失敗はなかったのですが、何度かお客さまに嫌な印象を与えてしまったと感じたことがありました。後から、考えるとそれは私がちょっと〝上から目線〟で≪プロフィール表≫を使っていたのです。

主役が相手ではなかった。自分が主役だと勘違いしていたのですね。

それを明確に意識するようになったのは、≪プロフィール表≫を使うようになってから10年ほど経ったときに、友人と交わした会話がきっかけでした。

(友人)「あれ? 佐藤さんのプロフィールには表彰歴とか全然書いてないね。よく書いてあるじゃない? すごい自信満々な経歴が……(笑)」

(自分)「ああ、そういうのは私は必要ない。だって、これはお客さまを知るためのものだから」

このときに、友人の問いかけに答える自分の言葉にハッとしたんです。
「そうだったのか~!」
私が、営業デビューして10年以上経ってようやく見つけた答えが、今回のお話です。

栄光のプロフィールにも一理あり

忘れてはいけないことを最後に記しておきます。

先ほどは言いたい放題言ってしまった≪Aさん形式の栄光のプロフィール表≫ですが、あえて肯定する部分があるのです。というのも、保険などの金融商品は、特殊なことに、目に見える形で品物がありません。そういう商品の場合、お客さまの中には、「どうせなら優秀で、他人に誇れるような営業マンから入りたい」という意識の方が一定数いらっしゃいます。そんなお客さまには、逆に、≪Aさん形式≫が合っていると思われます。

先輩のマネをするのは、大いに結構! マネからオリジナルが生まれます。しかし、先輩のマネをしてもうまくいかないときには、行動は同じように見えても、そこに大きな意識の違いがあるのかもしれません。ほんの少しのボタンの掛け違いで、全然違う結果になることもあります。Aさんのような≪プロフィール表≫を使っている営業マンの方はたくさんいると思いますが、もっと伸びたい、今よりもっと顧客層を広げたい、と思ったら、小手先のテクニックよりも、こういうところに成功のヒントがあるのかもしれませんよ。

コラム

空手の黒帯って、かっこいいですよね!先日、知人から黒帯の昇段試験の話をお聞きしました。
その人によると、【10人組手】という試験に合格しないと黒帯になれないそうです。10人と戦って、一回でも負けたら終わり(引き分けはセーフ)だというので、私が「最後の方になったら、ヘトヘトで大変なんじゃないですか?」と聞くと、「6~7人目が一番きついね。そこを超えてしまえば、最後の方は勝手に手が出てきて楽になる」とおっしゃってしました。

おそらく、10人と必死で戦う間にすごいスピードで感覚を覚え、スキルが上がっていくからではないかと考えます。本誌2月号の特集記事で書いた【8人連続5分ロープレ】も、同じような効果をねらったものでした。 どんな技能においても、実戦(形式)を集中的に繰り返すことによって、大事なことを体が覚えていく段階があります。営業という私たちの仕事も、反復して経験を積まなければいけない点では同じですね。途中が苦しくても、それを乗り超えれば違う景色が見えるようになります。

(初出)月刊「FInancial Adviser」(近代セールス社発行)